実は悩んでる!! ハーフが抱える純日本人との壁

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昨今のハーフブーム。もうすでにブームでもなく、一般的なこととして定着した感さえあります。テレビ番組では常にハーフの芸能人が組み込まれる形で構成されてきていますし、実際にハーフの知り合いがいることさえも、もう珍しいことではなくなってきているように思います。

さて、純日本人にとってはしばしば憧れの存在にもなるハーフですが、実はハーフとして生きていくには彼らなりに悩みも多いようです。一体どんな悩みを持っているのでしょうか。

ハーフゆえの顔立ち

どんなに綺麗な女優であっても、端正に整った顔立ちをしていようと、その人にしかわからないコンプレックスが存在します。他人は贅沢な悩みだと笑うかもしれませんが、当人にとっては深刻な悩みである場合も多くあります。ハーフの日本人離れした顔立ちは、純日本人にとっては憧れの的になる場合も多いですが、その顔立ちゆえに様々な壁となってハーフたちを悩ますことも多いようです。

本人は日本で生まれ、日本で育ち、純粋な日本人と思っていても、その顔立ちゆえに周りがそれを認めてくれません。同じことをしていても違う反応をされたり、他と異なる受け止められ方をされたりしてしまいます。元々、よそ者として日本に来た外国人であるならばある程度の覚悟をしていますが、生まれたときから日本人として生きてきたハーフの人たちにとっては、これは自分ではどうしようもないことにも関わらず、かと言って周りの純日本人に話したとこところで理解もしてもらえません。そんな経験をするたびに大きな壁を感じることになります。

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日本は島国であるため全体的に閉鎖的な文化であり、またそれは田舎に行くとより一層激しいものとなります。田舎で生活するハーフは子供の時から日本文化特有の壁に悩まされ、時にはいじめという形で悩まされることもしばしばあるようです。

当然バイリンガルという周囲の期待

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外見が引き起こす壁は他にもあります。その一つが日本語以外の言語を話せて当たり前という周囲の期待です。本人は日本で生まれ育ち、これからも日本で生きていくのだから日本語ができれば十分と思っていても、周囲がそれに満足してくれません。ハーフでない人は、ハーフは放っておいても自然にバイリンガルになると思っているかもしれませんが、そんなことは決してありません

実際に、家庭の中では家族と母国語で話していても、子供が現地語を使う学校に行き始めると、子供は家でも現地語を使うようになると言います。もちろん実際に多言語を流暢に話すハーフもいますが、それは本人の努力はもちろんのこと、本人が子供の頃の親の努力も大きく関係していますし、環境にも大きく左右されます。言語に限らず、できないと生活に支障を及ぼす環境であったか、そうでない環境にあったか、それはその後の能力に大きく影響を及ぼすものです。

ハーフはバイリンガルで当たり前という周囲の期待はそうでないハーフにとって大きな壁として立ちはだかります。また、実際にバイリンガルのハーフも存在していることで、そうでないハーフの人は、当人だけの責任でないにも関わらずより劣等感を感じでしますのかもしれません。

自分は何者?という哲学的な疑問

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このようにハーフにとって日本は少々生きていくのに息苦しい国であり、毎日の生活の中で壁を感じずには生きていけません。かと言って、もう片方の親の母国に行ったところで日本で育った自分がその国の人間として認められないのもわかっています。どっちつかずのまま常に地に足がついていないような状態で、「自分は何者なんだ?」と哲学的な疑問にぶつかり、答えの出ないまま成長するハーフも多いと言います。

アイデンティティの確立にたどり着くには、きっかけとなる決定的な体験をする人もいるようですが、中には、敢えて移民をたくさん受け入れている多民族国家に移住し、それまでの経験を客観的にとらえることで、初めて自分のアイデンティティが確立できる人もいるようです。

まとめ

1. 本人は日本人のつもりでも周囲が認めてくれない。

2. ハーフが自然にバイリンガルになるわけではない。

3. ハーフのアイデンティティ確立は容易ではない。

あくまでも「憧れ」であって、決して負の感情ではないとしても、受ける側に立ってみると、それが見えない壁を作ってしまっている場合もあります。時にはそれを差別や偏見とと呼ぶ人もいます。親が何人であれ、同じ国で育った日本人には違いないのです。

(コラム:Aさん●カナダ在住の在宅ライター、カナダ人男性と国際結婚)

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