おとなしい嫁=いい嫁とは限らない!? 国際結婚の嫁姑関係

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ミックスクラブ15-1
いつの世も、そしてどこの地でも存在するのが嫁姑問題。これに限っては日本独特のものではなく、国際結婚でも同じです。「息子」と「夫」という立場に違いさえあれど、二人の女性が同じ男性を愛しているのですから、うまく行くわけがありません。決して険悪の仲ではないにしても、ぎこちないのは当たり前。自分の親のようにはいきません。

しかしながら、国際結婚で外国人の姑を持つと、日本人同士の嫁姑とは違う関係を築ける点もあります。今回は、国際結婚の嫁姑問題にスポットを当ててみましょう。

「言わなければわからない」が原則

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嫁姑問題に関わらず、国際関係においての原則は、言わなければわからないということです。日本には、暗黙の了解だったり、空気と読むという文化があり、敢えて口に出さないことが美と受け入れられる場合もあります。もちろんその美文化を否定するわけではありませんが、それを外国人に求めても理解できません。

日本人同士だと、「いちいち言わなければわからないのか」と腹を立ててしまうこともありますし、または「言って気分を害されないかな」と悩んだり、「直接言わずにうまく行く方法はないか」などと心配することもありますが、「言わなければわからない」という絶対原則が根底にある国際結婚の場合、嫁姑の間柄であっても、このような心配をする必要は日本人同士の関係よりも少ないと言えます。

もちろん、言い方に気を付ける必要はありますが、そんな場合も「私はこのような文化で育たなかったので、、、」や「私には初体験で、、、」などという言葉を上手に使うことにより、自分の意思を比較的しっかりと伝えることができますし、その方が後々うまくいくことも多いとお互いに思っています。日本で好まれる典型的ないい嫁像が、世界中のお姑さんに好まれるわけではありません。しっかり自分の意見を持った嫁を、自立したしっかりした嫁と好むお姑さんも世界にはたくさんいるのです。

いい意味でお互いに期待しない

そうはいっても人間誰しも、自分のやり方を否定されたり、善意で申し出たことを拒否されて心地の良いものではありません。しかしながら国際結婚の場合、「そういう文化なんだ」という都合のいい言い訳がお互いに使えます。自分自身が否定されたわけではない、向こうはそういうふうに生きてきたんだ、これが相手にとっての普通なんだと思うことで自然と腹がたちません。むしろ、異文化に寛大な自分に浸ることができます。

日本人同士の場合だと、いちいち言わなくてもわかって欲しいと思ったり、こんなことできて当たり前だと思うのは、知らず知らずのうちに「同じ日本人なんだからそうに違いない」という意識が働き、無意識のうちにできて当たり前だと相手に期待してしまっているからです。人間は期待を裏切られたときに、腹が立つし、失望します。
しかしこれが国際結婚の場合は、その期待度のハードルが極端にさがります。日本人だと当たり前の「挨拶ができる」や「箸が使える」というだけで大喜びしてくれることさえあります。外国人というだけで日本人の風習や文化、常識、世間体といったものの根底から解放されるのです。

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義理の両親同士の付き合い

同じように、義理の両親同士の付き合いも非常に期待値の低いものとなりますので、人によっては非常にやりやすいという方もいます。日本独特の風習に堅苦しく従う必要がなくなり、純粋に贈りたいものを贈りたい時に贈ればいいですし、同じ言語を話さない場合は、それを都合よく利用し、必要に応じて子供に間に入ってもらうこともできます。もちろん縁あって家族になったわけですから、お互いに思いやりはしますが、所詮他人同士ですから、そのくらいがいい距離感と思える人もいるようです。

まとめ

1、 国際結婚では嫁姑間であっても「言わなければわからない」が原則。

2、 価値観の違いは当たり前の前提があるので、期待をせずあまり腹がたたない。

3、 義理の両親同士も期待をせず、いい距離感を保てる。

女性はいつまでも女性。何歳になっても、母親であっても。時として嫁姑問題が起こる理由はこの女性特有の性質とも言われます。国際結婚の場合、嫁と姑が外見や、作る料理などがあまりかぶらないので、不必要な嫉妬から衝突することは少ないかもしれません。でも、不思議なことに、国籍は違っても、母親と同じようなタイプの女性と結婚する男性は多いように思うのは、気のせいでしょうか。

(コラム:Aさん●カナダ在住の在宅ライター、カナダ人男性と国際結婚)